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1999年から2017年に【地球号を降りた あの人この人、気になる人々
50音順

2019 年度


5/

5/13
■ドリス・デイ(米歌手で女優)オハイオ州シンシナティ
13日、カリフォルニア州の自宅で死去、97歳。
バレリーナを目指すが、15歳で列車事故にあい断念。18歳でジャズバンドのレス・ブラウン楽団に専属歌手として参加。バンドメ ンバーと結婚するが20歳で離婚。44年「センチメンタル・ジャーニー」を歌い、これが大ヒット。46年24歳で2度目の結婚をするが8ヶ月で破局。48年「洋上のロマンス」で映画デビュー。50年「二人でお茶を」 に出演、主題歌も歌い大ヒット。映画には年間数本ずつ出演し、人気を博す。51年3度目の結婚。53年西部劇風ミュージカル映画「カラミティ・ジェーン」が大ヒットで人気を不動のものとした。56年アルフレッド・ヒッチコック監督「知りすぎていた男」 の劇中で歌った「ケ・セラ・セラ」が大ヒットし、アカデミー歌曲賞を受賞した。68年夫が亡くなり映画界を引退。

5/12
■京マチ子(女優:矢野元子)大阪市
12日、心不全のため東京都内の病院で死去、95歳。
36年大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に入団し、娘役スターとして活動。49年大映に入社し、女優デビュー。後輩の若尾文子、山本富士子とともに大映の看板女優となる。主演した50年黒澤明監督「羅生門」、53年溝口健二監督「雨月物語」、53年衣笠貞之助監督「地獄門」などがベネチア、カンヌほか海外の映画祭で受賞し、「グランプリ女優」と呼ばれる。他の映画作品に53年成瀬巳喜男監督「あにいもうと」、56年溝口健二監督「赤線地帯」、59年市川崑監督「鍵」など多数。71年大映倒産以降はTVドラマと舞台に活動の場を移し、「必殺シリーズ」や「犬神家の一族」などに出演。最後の舞台出演は06年「女たちの忠臣蔵」だった。
5/11
■ペギー・リプトン(米女優)ニューヨーク
11日、 がんのため死去、72歳。
10代でモデルの仕事を始める。 64年両親と共にロサンゼルスに転居。「奥様は魔女」などのTV番組で脇役を務める。68年「モッ ズ特捜隊」に主演し、エミー賞4部門、ゴールデングローブ賞4部門にノミネート。71年ゴールデングローブ賞ドラマ部門で最優秀女優賞を獲得。60年代後半にテレビで放送されたカウンターカルチャーのポリスアクションドラマ「モッズ特捜隊」で名声を得る。90-91年デヴィッド・リンチ監督「ツイン・ピークス」への再出演でTVに復帰した。
4/30
■ベッチ・カルヴァーリョ(ブラジルのサンバ歌手)リオデジャネイロ
4月30日、長年背骨の病気を患っていたが敗血症のためリオデジャネイロの循環器系病院で死去、72歳。
65年ボサノバの歌手として音楽活動を開始。数年後にサンバを歌い始め、70-80年代には「サンバ界の女王」と称される。代表曲「すばらしき世界」など。ラテン・グラミー賞を、特別功労賞を含め2度獲得。
4/30
■ピーター・メイヒュー(英俳優)英サリー
30日、米テキサス州で死去、74歳。
身長2m21cmの長身を生かし、ジョージ・ルーカス監督の映画「スター・ウォーズ」シリーズでチューバッカ役を演じた。05年にアメリカに帰化。出演作に「シンドバッド虎の目大冒険」「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」など。
4/25
■遠藤ミチロウ(ベーシスト)福島県二本松
25日、膵臓がんのため東京都内の病院で死去、68歳。
80年パンクバンド「ザ・スターリン」を結成し、ボーカルを担当。山形大学人文学部を卒業。ベトナムなど東南アジアを放浪。帰国後に上京し、友部正人のバックでベースを務める。82年シングル「ロマンチスト」、アルバム「STOP JAP」でメジャーデビュー。84年初のソロアルバム「ベトナム伝説」をカセットブック形式でリリース。東日本大震災発生後、復興支援として「プロジェクトFUKUSHIMA!」を発足させ、支援ライブを開催。
4/25
■黒姫山秀男(元大相撲力士)新潟県
25日、肺炎のため死去、70歳。
64年立浪部屋に入門。69年3月場所に十両昇進、同年7月場所に新入幕。70年11月場所に西小結、77年3月場所に東関脇へ昇進。82年1月場所中に引退表明。年寄・錦島を襲名、88年年寄・12代武隈を襲名。生涯害戦歴677勝691敗2休 (108場所)、幕内戦歴510勝570敗 (72場所)。 ぶちかましの威力から「デゴイチ」の異名を取り、三賞を8回獲得した。
4/24
■小出義雄(女子マラソン指導者)千葉県佐倉市
24日、死去、80歳。
県立・山武農業高校を卒業。農業をしていたが、順天堂大学に入学し65年卒業。保健体育教師として千葉県公立高校教員として勤務。86年全国高校駅伝で市立船橋高校を優勝に導く。88年教職を辞し、リクルート・ランニングクラブ監督に就任。97年積水化学工業に移籍し、女子陸上競技部監督に就任。 01年佐倉アスリート倶楽部(SAC)を設立し、代表取締役兼現場監督に就任。00年シドニー五輪マラソン金メダルの高橋尚子ら多くの選手を育成した。
4/17
■小池一夫(漫画原作者)秋田県大仙市
17日、肺炎のため日死去、82歳。
59年中央大学法学部を卒業。時代小説家山手樹一郎に師事し、小説家を目指すが断念。司法試験に三度失敗。雀荘店員・経営、農林省、外国航路船員、ゴルフ場勤務などの職業を経験。68年さいとうプロダクションに所属。70年独立。72年仲間とともににスタジオ・シップ(現:小池書院)を起こす。76年までは小池 一雄の名で活動。77年「小池一夫劇画村塾」を開設し、高橋留美子、原哲夫、山本直樹、堀江雄二、板垣恵介らを輩出。漫画原作者として 「子連れ狼」(作画:小島剛夕)、「オークション・ハウス」(作画: 叶精作)、「クライングフリーマン」(作画:池上遼一)、「御用牙」 (画: 神田たけ志)、「修羅雪姫」(画: 上村一夫)など を書いた。大阪芸術大学教授、神奈川工科大学教授、大阪エンタテイン メントデザイン専門学校教授を歴任。
4/11
■モンキー・パンチ(漫画家)北海道浜中町
11日、誤嚥性肺炎のため死去、81歳。
北海道霧多布高校を卒業後、上京。東海大学専門学校に入学し、貸本や同人誌向けに漫画を描きはじめる。65年ムタ永二のペンネームにより「プレイボーイ入門」で本格的なデビュー。66年モンキー・パンチに改名。67年「漫画アクション」の創刊にともない、「ルパン三世」の連載開始。多くの個性的キャラクターが人気を博し、TVアニメや映画になる。03年東京工科大大学院メディア学研究科に入学。05年大手前大学メディア・芸術学部教授に就任。デジタルマンガ協会の会長も務めた。 晩年は千葉県佐倉市に暮らしていた。
4/8
■ケーシー高峰(漫談家、俳優)山形県最上町
8日、肺気腫のため福島県いわき市の病院で死去、85歳。
日本大学医学部に入学したのち、芸術学部に転部。卒業後、漫才師・大空ヒットに弟子入り、漫才コンビ「大空はるか・かなた」を組みが解散。司会業をへて、68年「ケーシー高峰」に改名し漫談家になる。TV番組で「セニョール」などのスペイン語を交えたお色気医事漫談で親しまれた。 映画「楢山節考」「遠雷」「木更津キャッツアイ」のほか、NHKドラマ「夢千代日記」などに出演した。
3/29
■アニエス・ヴァルダ(ベルギー出身映画監督)ブリュッセル
29日、乳癌のためパリの自宅で死去、90歳。
写真家から映画監督に転身する。55年「ラ・ポワント・クールト」で長編デビュー。65年「幸福」でベルリン国際映画祭銀熊賞、85年「冬の旅」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。 そのほか「5時から7時までのクレオ」「歌う女・歌わない女」「落穂拾い」などを手がけた。複数の監督によるオブにバス形式のドキュメンタリー映画「」にも参加した。17年アカデミー賞名誉賞を受賞。「ヌーベルヴァーグの祖母」と称された。88歳のときアーティストJRとの共同監督ドキュメンタリー映画「顔たち、ところどころ」でカンヌ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。私生活では、62年映画監督のジャック・ドゥミと結婚。
3/28
■白石冬美(声優)北京
28日、虚血性心不全のため東京都世田谷区の自宅で死去、82歳。
静岡雙葉学園をへて、東宝芸能学校を卒業。在学中に東宝ミュージカルの初舞台を経験し、日劇ダンシングチームをへてデビュー。67年から深夜ラジオ番組「パックインミュージック」で野沢那智とともに15年間パーソナリティーを務める。いっぽうで、「巨人の星」の星明子、「パタリロ」のパタリロ、「機動戦士ガンダム」のミライ、「怪物君」の怪物太郎、「オバケのQ太郎」のドロンパなど、アニメキャラクターの声優として活動した。
3/26
■萩原健一(俳優、歌手)埼玉県北足立郡
26日、消化管間質腫瘍のため東京都内の病院で死去、68歳。
東京都荒川区の聖橋高校(現:廃校)在学中にスカウトされ、ザ・テンプターズのヴォーカルとして、67年「忘れ得ぬ君」でデビュー。 高校は2年で中退。68年「エメラルドの伝説」「神様お願い!」「おかあさん」などが大ヒット。ショーケンの名で人気をえる。70年解散後は井上堯之、沢田研二らとPYG(ピッグ)を結成。72年斉藤耕一監督の映画「約束」に助監督として参加するが、急遽、代役として主演に抜擢される。演技が評価され、俳優に本格的に転身。TVドラマ「太陽にほえろ!」の初代新人刑事、マカロニ役で出演。74年神代辰巳監督と映画「青春の蹉跌」でキネマ旬報最優秀主演男優賞を受賞。さらにTVドラマ「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」に主演した。 音楽活動でも、「お前に惚れた」「大阪で生まれた女」「愚か者よ」などの曲がヒットしている。他の主演作に映画「雨のアムステルダム」「八墓村」「恋文」「影武者」「居酒屋ゆうれい」「竜馬を斬った男」など。 18年にはNHKドラマ「不惑のスクラム」に出演していた。一方で、大麻不法所持容疑や交通事故、恐喝未遂容疑などのスキャンダルで知られる。
3/27
■近藤昭仁(元プロ野球選手・監督)高松市
27日、敗血症性ショックのため神奈川県川崎市内の病院で死去、80歳。
早稲田大学を卒業。60年大洋ホエールズに入団。同年二塁手・1番打者として、球団創設以来初の優勝に貢献した。球宴に2回出場。73年選手兼任コーチとなり、同年現役を引退。引退後は大洋、ヤクルト、西武のコーチをへて、 89-91年まで巨人ヘッドコーチを歴任。93−95年まで横浜、97-98年までロッテの監督を務めた。06年に15年ぶりに巨人ヘッドコーチに就任し、07年統括ディレクターとしてフロント業務にあたった。
3/17
■内田裕也(ロック歌手、俳優)兵庫県西宮市
17日、肺炎のため東京都内の病院で死去、79歳。
大阪府堺市育ち。57年高校卒業後、日本大学法学部の夜学中退。59年日劇ウエスタンカーニバルで本格的にデビュー。62年「寺内タケシとブルージーンズ」ヴォーカルとして参加。67年「内田裕也とザ・フラワーズ」を結成、ヴォーカルとして活動。さらに70年「フラワー・トラベリン・バンド」のプロデュースなどをおこなう。いっぽうで、63年恩地日出夫監督「素晴らしい悪女」に映画初出演。その後、映画「コミック雑誌なんかいらない!」「エロ ティックな関係」「十階のモスキート」では主演とともに脚本を手がけた。73年悠木千帆(のち樹木希林に改名)と結婚■
3/7
■ザ・デストロイヤー(米元覆面プロレスラー)ニューヨーク州バッファロー
7日、米ニューヨーク州北部バファロー郊外の自宅で死去、88歳。
シラキュース大学教育学部を卒業、シラキュース大学大学院修士課程を修了。54年プロレスラーとして活動を始める。62年からマスクマンとなる。同年WWA世界ヘビー級王座を獲得、覆面レスラー初の世界チャンピオンとなった。66年 NWA世界タッグ王座獲得。68年黒覆面をかぶり「ドクターX」としてAWA世界ヘ ビー級チャンピオン獲得。70年NWA北米ヘビー級王座を獲得。83年インターナショナル・ヘビー級王座を獲得。日本では、63年初訪日。「足4の字固め」の得意技で知られ、力道山との試合のTV中継は視聴率64%を記録し、日本に空前のプロレスブームを巻き起こした。 73−79年まで年全日本プロレスの所属選手として活動。一方で、和田アキ子司会のTVバラエティー番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」にレギュラー出演し、人気を博した。93年引退。その後は日米のスポーツ交流に貢献し、東日本大震災の被災者支援にも取り組んだ。
3/7
■須田一政(写真家)東京7日、老衰のため死去、78歳。
東京綜合写真専門学校を卒業。67年寺山修司が率いた演劇実験室「天井桟敷」 専属カメラマンとなり、71年フリーに。大阪芸術大学写真学科教授を務めた。 このほか自主ギャラリー平永町橋ギャラリーを主宰、ワークショップ「須田一政塾」をおこなうなどなど写真家の育成にも力を注いだ。76年「風姿花伝」で日本写真協会新人賞、85年写真展「日常の断片」等で東川賞、97年「人間の記憶」で土門拳賞を受賞。

3/6
■森山加代子(歌手)北海道函館
6日、2月に体調不良で入院、大腸がんと診断されがんのため死去、78歳。
58年札幌のジャズ喫茶「ロータリー」で歌っていたところをスカウトされて上京す。「水原弘とブルーソックス」専属シンガーとなる。60年イタリアの歌手ミーナのカバー曲「月影のナポリ」でデビューし、 同年紅白に初出場。61年「シンデレラ」、62年「五匹の子豚とチャールストン」で3年連続で紅白出場。70年阿久悠作詞「白い蝶のサンバがの大ヒットし、4度目の出場を果たした。
3/4
■ルーク・ペリー(米俳優I)オハイオ州マンスフィールド
4日、脳卒中のためロサンゼルス近郊の自宅で死去、52歳。
90年代放送の米ドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」シリーズで主人公の友人ディラン・マッケイ役を演じた。お笑いタレントのなだぎ武がディランのモノマネをしたことでも知られる。このほか映画「バッフィ/ザ・バンパイア・キラー」「アメリカン・バイオレンス」 「フィフス・エレメント」などに出演。舞台では01年ブロードウェイの「ロッキー・ホラー・ショー」に出演、04年にはロンドンで「恋人たちの予感」に出演した。
2/25
■花柳幻舟(創作舞踊家)大阪市
25日、碓氷第三橋梁(通称:めがね橋)下の遊歩道で倒れているところを発見され、搬送先の病院で外傷性ショックのため群馬県安中市で日死去、77歳。
旅役者の家に生まれ、2歳で初舞台。18歳で結婚するが、夫から自立するため日本舞踊花柳流に入門。66年花柳流名取となる。しかし、家元制度に疑問を感じ、家元制度打倒の運動を開始。80年花柳流家元の三世花柳寿輔を襲撃して包丁で斬りつけ、傷害罪で服役。90年天皇即位礼の祝賀パレードで爆竹を投げ、道路交通法違反(路上危険行為)で罰金の支払いを拒絶し服役。89年キム・ロンジノット監督がドキュメンタリー映画「幻舟」を制作、アセン国際映画祭ではグランプリ受賞。このほか映画映画「秘 色情めす市場」「曼陀羅」「江戸川乱歩の陰獣」などに出演。04年放送大学を卒業、その報告をまとめた「小学校中退 大学卒業」を出版。 他の著書に「花柳流に反逆する 愛と憎しみの谷間で」「修羅 家元制度打倒」「十四歳の死刑囚」「冬の花火」など。死亡時に所持していたデジタルカメラには、橋から遊歩道を撮影した写真がおさめられていたという。撮影時に23mしたの遊歩道に転落したとみられる。
2/22
■笑福亭松之助(上方落語家)神戸市
22日、兵庫県内で死去、93歳。
48年五代目笑福亭松鶴に入門、二代目松之助を名乗る。50年五代目松鶴が他界したこともあり、演劇分野にも進出。51-58年まで宝塚新芸座で、その後は吉本新喜劇(当時は吉本ヴァラエティ)の舞台に喜劇役者として出演した。明石光司のペンネームで脚本や新作落語なども書いた。落語の得意ネタは「三十石」「らくだ」「野崎詣り」。74年明石家さんま(本名:杉本高文)が弟子入りしている。俳優としてNHK連続テレビ小説「まんてん」「わかば」、映画「岸和田少年愚連隊」「機関車先生」「パッチギ!」などに出演した。16年半生記「草や木のように生きられたら」を出版。
2/19
■佐々木すみ江(女優)東京
19日、死去、90歳。
日本女子大学家政学科を卒業。 劇団民芸(当初は東京民衆芸術劇場)の結成に参加し、51年「その妹」で初舞台。20年近く在籍したのち、下條正巳や鈴木瑞穂、佐野浅夫らとともに劇団を退団。蜷川幸雄演出「にごり江「欲望という名の市電」、井上ひさし作・木村光一演出「頭痛肩こり樋口一葉」などの舞台に出演した。その後、「ふぞろいの林檎たち」では中井貴一演じる主人公の母親役、 NHK大河ドラマ「篤姫」では宮崎あおい演じる主人公の養育係を演じ た。このほか出演作にTVドラマ「夢千代日記」シリーズや「ゲゲ ゲの女房」、映画では「竹山ひとり旅」「愛の亡霊」「ペコロスの母に 会いに行く」など。


2/19
■カール・ラガーフェルド(ファッションデザイナー)ドイツ・ハンブルク
19日、パリ郊外の病院で死去、85歳。
パリオートクチュール組合経営の学校でファッションを学ぶ。同級生にイヴ・サン=ローランがいた。 55年国際羊毛事務局(現:ザ・ウールマーク・カンパニー)支援のデザインコンテスト(コート部門)で優勝。ピエール・バルマンやジャン・パトゥらのもとで働く。63年カールとエヴァンは共同でデザインを行い、最初のコレクションを仕上げた。64年フリーランスのデザイナーとしてクロエと契約。65年毛皮で知られるフェンディと契約し、デザイナーの仕事を開始。 50年以上続けた。82年シャネルと契約、老舗ブランドの再興に大きく貢献した。このほかクロエ、H&Mなどの有名ブランド のデザインを手がけ、自身のブランドのデザイナーも長く兼任した。
2/19
■ブルーノ・ガンツ(スイス俳優)スイス・チューリッヒ
16日、自宅でがんのため死去。77歳
19歳でデビュー。72年ザルツブルク音楽祭でトーマス・ベルンハルトの作品を監督。87年ヴィム・ヴェンダース監督「ベルリン・天使の詩」に主演し、世界的ヒットとなる。04年「ヒトラー 〜最期の12日間〜」でアドルフ・ヒトラー役の演技が高い評価をうけた。他の出演作に「アメリカの友人」「ブラジルから来た少年」「永遠と一日」「リスボンに誘われて」「「O侯爵夫人」」など。
2/15
■内田正人(ザ・キングトーンズ」リーダー)横浜市
15日。04年に脳梗塞で倒れ たが、リハビリ後に復帰していたが死去、82歳
日本大学法学部に在学中からアカペラ、黒人霊歌、コーラス、合唱、パワーポップ、ドゥーワップ、ニューミュージックなどに親しんだ。60年加生スミオらとともに「ザ・キング・ トーンズ」を結成。68年「グッド・ナイト・ベイビー」がヒットし、NHK紅白歌合戦などに出場。04年に脳梗塞で倒れたが、リハビリ後の05年にフジロックフェス ティバルでステージに復帰していた。
2/10
■北尾光司(元横綱双羽黒、レスラー)津市
10日、慢性腎不全のため死去、55歳。
1963年出身。中学校卒業と同時に立浪部屋に入門。79年15歳で初土俵。身長199cmの体格を生かし、86年22歳で第60代横綱に昇進。しかし、87年親方と意見が衝突し、部屋を脱走。相撲協会は緊急理事会を開き、双羽黒の廃業届を受理した。生涯戦歴348勝184敗、幕内戦歴197勝87敗。90年新日本プロレスからプロレスデビュー。98年プロレス引退。その後、SWSほか初期のPRIDEやUFCに参戦。
2/9
■佐藤純彌(映画監督)東京
9日、多臓器不全の衰弱のため東京都内の自宅で死去、86歳。
東京大学文学部を卒業。56年東映へ入社。 61年「宇宙快速船」に助監督として参加。63年「陸軍残虐物語」で監督デビュー。アニメ作品「魔法使いサリー」の脚本を担当した。68年東映を退社し、ヤクザ映画を中心に監督。75年高倉健主演の「新幹線大爆破」を監督。その後、「君よ憤怒の河を渉れ」「人間の証明」「野生の照明」「未完の対局」「おろしや国酔夢譚」「男たちの大和/YAMATO」などの大作を手がけた。このほかテレビ「キイハンター」「Gメン'75」などを手がけ、あわせて同番組の主題歌作詞もおこなった。

2/8
■堺屋太一(作家・経済評論家、現:内閣長官)大阪
8日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去、83歳。
東京大学工学部建築学科に進学後、経済学部へ転入し卒業。 60年通商産業省(現:経済産業省)に入省。1970年大阪万博の企画・実施に携わったのち、沖縄開発庁に出向、75-76年の沖縄海洋博も担当。75年通産省在職中に、小説「油断!」で作家デビュー。76年小説「団塊の世代」を発表。他の著書に「破断界」「平成三十年」「峠の群像」「風と炎と」など。78年通商産業省を退官。92年セビリア万博では日本館総合プロデューサーを務めるなど、イベント・プロデューサーとして数々の博覧会を手掛けた。14年には2025年万国博覧会の大阪招致構想を提唱した。98年小渕内閣に民間人閣僚として経済企画庁長官に就任。同時に総合交通対策担当大臣、新千年紀記念行事担当大臣、情報通信技術(IT)担当大臣なども兼任した。 このほか、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科客員教授などを務めた。

2/7
■フランク・ロビンソン(元米大リーガー)テキサス州
7日、米カリフォルニア州の自宅で7日死去、83歳。
元米大リーガーで初の黒人監督。56年20歳のときレッズでメジャー(MLB)デビュー。61年リーグ優勝に貢献しMVPを受賞。66年オリオールズに移籍、打率.316、49本塁打、122打点で三冠王に輝く。76年現役引退。通算成績は2808試合出場、打率.294、586本塁打(歴代10位)、1812打点。 75年インディアンスで選手兼任監督に就任。その後ジャイアンツ、オリオールズ、エクスポズで監督を務めた。82年米国野球殿堂入り。/

2/5
■堀文子(日本画家)東京市麹町
5日、心不全のため神奈川県平塚市の病院で死去、100歳
女子美術専門学校師範科日本画部(現:女子美術大学)を卒業。在学中の38年新美術人協会展に入選。61-63年にかけ旅世界中を旅し、花や植物などを描いた作品を多く発表。74年から多摩美術大学教授に就任、同年創画会結成に参画。代表作に「幻の花 ブルーポピー」「アフガンの女王」など。著作に「堀文子の言葉 ひとりで生きる」、画文集「命といふもの」など。
2/4
■マッチ・ニッカネン(フィンランドのノルディックスキー・ジャンパー)フィンランド・ユヴァスキュラ
4日、現役当時から飲酒で問題を起こし、引退後は糖尿病を患っていたが死去、55歳。
82年18歳のときオスロ世界選手権で個人90m級(K120、現ラージヒル)で優勝。84年サラエボ五輪の90m級で金メダル、70m級(現ノーマルヒル)で銀メダルを獲得。 88年カルガリー五輪で団体をあわせ、1大会3冠を達成。この記録はいまも破られていない。ワールドカップ(W杯)では総合優勝4度、通算46勝をマーク。13年グレゴア・ シュリーレンツァウアー選手(オーストリア)に抜かれるまで最多記録だった。ノルディックスキー・ジャンプ男子で圧倒的な強さを誇り「鳥人」と呼ばれた。06年ニッカネンを題材とした映画「MATT」がヨーロッパで公開された。
2/3
■児山紀芳(ジャズ評論家)大阪
3日、胃がんのため死去、82歳。
関西大学文学部英文科を卒業。ジャズ雑誌「スイングジャーナル」編集長を2期17年務めた。60年代に「スイングジャーナル選定ゴールドディスク」を企画し、名盤紹介とともにレコード会社とタイアップし、日本のジャズ市場確立に貢献した。。米レコード会社の倉庫で、大量の未発表作品を発掘したほか、監修した「ザ・コンプリート・キーノート・コレクション」「ブラウニー:コンプリート・クリフォード・ブラウン・オン・エマーシー」でグラミー賞ベストヒストリカルアルバム部門に2度ノミネートされる。著書に「ジャズのことばかり考えてきた」。
2/3
■ジュリー・アダム(米女優)アイオワ州ウォータールー
3日、死去、92歳。
子供の頃に「ヘンゼルとグレーテル」の舞台などに出演。49年映画デビュー。54年カルト的な人気を誇るモンスター映画「大アマゾンの半魚人」でヒロインを演じた。74年ジョン・ウェイン主演でジョン・スタージェス監督の「マックQ」、06年ニコラス・ケイジ主演でオリバー・ストーン監督の「ワールド・トレード・センター」、11年ロマン・ポランスキー監督「おとなのけんか」などに出演した。
1/31
■岡留安則(月刊誌「噂の真相」元編集長)鹿児島県末吉町
31日、右上葉肺がんのため那覇市内の病院で死去、71歳。
法政大学社会学部に入学。学生運動にのめりこみ、やロレタリア学生同盟に参加。70年卒業後、同大学法学部に学士入学し、72年卒業。業界紙をへて、新島史と共同で「マスコミ評論」を創刊し、編集長となる。71年月刊誌「噂の真相」を創刊、政界や芸能界のタブーに斬り込む雑誌として注目を集めた。25年間編集長を務めたが、99年当時の東京高検検事長の女性問題を報じ、後の辞任につながった。04年休刊。その後、沖縄県に移住し、飲食店経営のかたわら、沖縄の米軍基地問題について発言し続けた。

1/29
■ジェームス・イングラム(米R&B歌手)オハイオ州アクロン
29日、カリフォルニア州ロサンゼルスで死去、66歳。
70年代からロサンゼルスで活動をはじめる。バンドのキーボードやセッション・ボーカリストをへて、活動するようになり、クインシー・ジョーンズに見いだされ、「ベイビー・カム・トゥ・ミー」で初の全米1位を記録。 83年ソロ歌手としてデビュー。84年マクドナルドの作品でデュエットした曲はグラミー賞を受賞。86年リンダ・ロンシュタットとデュエットしたアニメ映画「アメリカ物語」の主題歌「サムホエア・アウト・ゼア」が大ヒットする。チャリティー曲「ウィー・アー・ザ・ワールド」にも参加した。

1/29
■橋本治(作家)東京都杉並区
29日、肺炎のため東京都新宿区の病院で死去、70歳。
68年東京大学在学中に、学園紛争さなかの東京大学駒場祭で「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」とポスターのコピーで注目を集めた。同大学文学部国文学科を卒業。イラストレーターをへて、77年青春小説「桃尻娘」で小説現代新人賞佳作となり、作家デビューした。独特な文体を駆使して評論家・随筆家として活動した。96年「宗教なんかこわくない!」で新潮学芸賞、02年「「三島由紀夫」とはなにものだったのか」で小林秀雄賞。05年「蝶のゆくえ」で柴田錬三郎賞、08年「双調 平家物語」で毎日出版文化賞、18年「草薙の剣」で回野間文芸賞を受賞した。

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■ミシェル・ルグラン(フランスの作曲家)パリ
26日、パリで死去、86歳。
パリ国立高等音楽院を卒業。50年代からジャズ、映画音楽の分野で活動。ジャック・ドゥミ監督の64年「シェルブールの雨傘」や67年「ロシュフォールの恋人たち」の楽曲で、アカデミー賞にもノミネートされた。「華麗なる賭け」の楽曲でアカデミー歌曲賞を受賞。 「おもいでの夏」「愛のイエントル」でもアカデミー賞作曲賞を受賞。 このほか「愛と哀しみのボレロ」「栄光のル・マン」「007 ネバーセイ・ネバーアゲイン」など数多くの映画音楽を手がけた。ジャズ・ピアニストとしても活動し、マイルス・デイヴィスやジョン・ コルトレーンらと共演。

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■ジョナス・メカス(米映像作家、詩人)リトアニア
23日、ニューヨークの自宅で死去、96歳。
ナチス・ドイツの迫害を避け、49年弟とアメリカに亡命。 50年代ニューヨークで実験映画のキュレーションをはじめる。54年弟とともに映画雑誌「フィルム・カルチャー」を創刊。61年「Guns of the Trees」で監督デビュー。64年「The Brig」を発表し、ヴェネツィア国際映画祭の最優秀ドキュメンタリー賞を獲得。撮影技師として、アンディ・ウォーホルが8時間5分にわたりエンパイア・ステートビルを定点で収めた16mm作品「エンパイア」などに参加。69年3時間に大作「ウォールデン」を制作、日常を映像にした日記映画というスタイルを確立。このほかリトアニアへの27年ぶりの帰郷を映像化した「リトアニアへの旅の追憶」なども知られている。実験映画の保存、保管、上映を目的としたアンソロジー・フィルム・アーカイブスを設立。著書に「セメニシュケイの牧歌」「森の中で」「メカスの難民日記」など。
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■梅原猛(哲学者、元国際日本文化研究センター所長)仙台市
12日、死去、93歳。
48年京都大学哲学科を卒業。龍谷大学文学部講師をへて、立命館大学文学部講師・助教授・教授を歴任。その後、京都市立芸術大学美術学部教授をへて学長に就任した。60年代から日本文化研究に傾倒し、72年奈良・法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮めるために建てられたとする「隠された十字架―法隆寺論」を出版。73年「水底の歌―柿本人麿論」を出版。独創的な論は「梅原古代学」と呼ばれた。このほか「スーパー歌舞伎」「スーパー能」を創作した。他の著書に「地獄の思想」「怨霊と縄文」「精神の発見」「飛鳥とは何か」など。日本文化を総合的に研究する中心機関の必要性を訴え、87年国際日本文化研究センター(日文研、京都市西京区)の創設に尽力し、初代所長に就任。97年日本ペンクラブ会長となり3期6年務めた。99年文化勲章受章。04年「九条の会」呼びかけ人となる。
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■市原悦子(女優)千葉市
12日、3年前に自己免疫性脊髄炎で入院。昨年12月に盲腸となり、それが悪化して1月2日から入院していたが、心不全のため東京都内の病院で死去、82歳。
早稲田大学第二文学部(演劇専修)を卒業。富士銀行に勤務後、57年俳優座に入団。「りこうなお嫁さん」でデビューし、新劇新人推賞を受賞。59年「千鳥」で芸術祭奨励賞、63年新劇演劇賞、64年ゴールデン・アロー賞新人賞を受賞。71年に俳優座を退団し、72年番衆プロを設立した。75年に始まったTVアニメ「まんが日本昔ばなし」の声優を長年務める。 83年からTVドラマ「家政婦は見た!」や96年から「弁護士高見沢響子」の主役も長年勤めた。90年映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。
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■天地総子(歌手、女優)東京都
6日、そくせん性脳梗塞のため茨城県古河市の病院で死去、78歳。
国立音楽大学付属高校を卒業。コマーシャルソングを2000曲以上歌い、「コマソンの女王」ともいわれる。65年「マーチング・マーチ」が40万枚の大ヒット、同年日本レコード大賞童謡賞を受賞。このほかTVドラマ「キーハンター」「破れ奉行」などにも出演した。
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■兼高かおる(ジャーナリスト)兵庫県神戸
5日、心不全のため東京都港区で死去、90歳。
父親はインド人。香蘭女学校を卒業。ロサンゼルス市立大学に留学。その後、英字紙ジャパンタイムスなどに勤務。59年よりTV番組「兼高かおる世界の旅」に出演。レポーター、ナレーター、プロデューサー兼ディレクターを務め、90年まで約30年間続く。訪れた国は約150カ国、総移動距離は約721万kmとTV史上例を見ないスケールになった。
67年文化庁芸術選奨新人賞、90年菊池寛賞、91年文化庁芸術選奨文部大臣賞を受賞。

20016年
12/27
■一龍斎貞鳳(講談師)福島県
2016年12月27日、脳梗塞のため東京都内で死去、90歳。
法政大学第二高校卒業。38年五代目一龍斎貞丈に弟子入りし、54年真打ち。56−66年NHKコメディー番組「お笑い三人組」で三遊亭小金馬(現:金馬)、三代目江戸家猫八とのトリオが好評を博す。71年参院選に自民党から全国区で出馬し当選。1期を務めた。